2005.08.18

日振島

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港下見

バスは津田の松原サービスエリアと、石鎚山サービスエリアで途中休憩しながら、宇和島北ICからは一般道へ(まだ先は建設中)。19時5分に宇和島バスセンターに到着。

駅からの道順しか調べていなかったので、バスセンターから少し迷ったが、きさいやロードを歩いて現在地を確認し、宇和島港へ向かう。コンビニや、古本屋、食べ物屋が並ぶ、高速道路の下をくぐると、広い駐車場で、その先が港。ホテルから歩いて10分強かな。もう閉まっていて中に入れなかったが、海まで歩いて、いちおう船の名前〔あさかぜ〕を確認。

今日の宿は、ビジネスホテル寿。まあ古いけれど清潔で港に近いし、値段も安く文句なし。テレビをつけても、ニュース番組はいきなりできた国民新党の話題ばかりでつまらない。ただNHK松山が、松山の歩みとして、白黒映像と当時のヒット曲を放映していたのに見入ってしまう。

予讃線が蒸気機関車で、朝のラッシュ時には、十両くらいつないでいて、車内は大混雑。団塊の世代は、こんな環境でがんばってきたのか。つづいて、海中の家に住むという試みで、一週間住んだお話。今では、東京の船の科学館にあるらしい。まったく意識していなかったので、今度見に行こうかな。

18日 日振島へ

5時40分にホテルを出て、宇和島港へ。朝6時の便で、日振島・明海(あこ)を目指すのです。船は新幹線のように後ろが3-2列、前は2-2列で前は灰皿がついていて、喫煙可能となっている。船に乗るのも、わくわくするが、動いてしまうと、あまり景色が変わらないので、ちょっと退屈かな。6時53分に明海港に到着。

うーん、潮の香りに、網をかけている家々。これぞ、港町というイメージ通りの素朴なところだ。

みなかわの井戸

ここは海水浴場で有名らしいが、これから向かうのは、藤原純友が使ったとされる、みなかわの井戸。港の待合所に、観光案内地図があったが、おおざっぱすぎてよくわからない。まっすぐ集落を上るとお墓についてしまうし、しばらく海岸沿いに歩くと、小学校から先は、何もない。結局港まで戻り、洗濯をしているおばあさんに聞いて(はじめから、こうすればよかった)たどりついた。本当に民家の奥にポツンとある。今でも、コンビニや自動販売機がないし、当時から水はものすごく貴重だったのだろうな。みなかわの井戸

その先に、城ガ堀(じがほり)への道があったので、ついでに登る。道の状態は悪く、蜘蛛の巣もたくさんあって、怖かったが、それほど遠くはなく、あっさり頂上へ。

喜路港めざして

さて、次の船まで時間があるので、お隣の喜路(きろ)港まで行ってみよう。先ほどの小学校の先へ行くと、もう何もない。潮風を浴びながら のんびり歩くと、島と島を繋ぐ狭いところを通る。道一本だけで島と島をつないでいるのは、なかなか見ることのできない風景だ。宮脇さんが「歩いて渡れる瀬戸(平安鎌倉史紀行)」と書かれていた場所です。

道はこれ一本しかないので、迷うことなく、ひたすら山を上っていく。かなり高いところまで来たのに、ちいさな蟹を何匹も見かけたが、この蟹たちはもう、海に帰れないと思う。

いちおう各岬に沿ってうねうね曲がるので、眺めはとても良い。かなり歩いたはずなのに、はるか遠くの方に島をつなぐ道と、明海港が見える。逆に歩いていたら、なかなか近づかないので、げんなりしたかも。車はたまに通るのだが、普通のおじさんも歩いてやってくるのにびっくり。こんな道を歩くのは、私のような物好きだけだと思っていた。確かにバスが運行されていないので、車がなければ歩くしかないのだが。

最後の岬を過ぎるとようやく、喜路の港町が見えた。こちらの道路は、車一台分の幅しかないのだか、道幅拡張の工事を行っているようで(今日は休み)完成したら便利になると思う。あと気になったのは、道路にもずくのような海草をしきつめて、所々が、赤色になっている。テングサといい、ところてんや寒天の元になるそうだ。ホウキが並べているのを見ると、乾燥させたあとに集めて、使うのだろうか、砂はどうするのだろうか。車に踏まれているし。

ぼーっとする時間

途中、誰も使っていない廃屋のような公民館の外側にトイレがあったので、使わせていただく。中はハチの巣がたくさんあって気持ちわるかったが、公衆トイレがあるだけでもありがたかった。

 再び海に沿った道を歩き、喜路港の待ちあい所に到着(8時20分)。誰もいない待合い所に入るが、風が入らず蒸し暑い。外に出て、家の影にいる方がよっぽど涼しくていいや。 今度の船は9時38分で、しばらくあたりを散歩したが、古い家が多く廃屋もいくつかある。中には家具も残っていて、ここで生活していた人のことを考えると、安易に写真はとれない雰囲気があった。

途中で素朴な雑貨屋を見つけたので、ジュースを買って、飲みながら待合室の外でぼーっとした時間をすごした。ずっと海を見ていただけで、何もしていないのだが、今でも、この時間がすごく印象に残っている。

10分前に、ようやくきっぷ売りのおばちゃんがやってきたと思ったら、ぞろぞろと家族連れも一緒に集まってきた。船に乗りこんだのは3名だったが、いっぱいのお土産を持ったおじさんが、家族総出で見送られている。きっとお盆で古里に帰っていたのだろう。私もこの島には、もう来ることはないと思うと、ジーンとしてしまった。さようなら、日振島。

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