7時10分、つきのわ駅
南口にはFRANCA(フランサ)という、新しい住宅街があるが、すぐにのどかな畑が見える道になる。地図ではローソンがあるはずなのだが、何もない広場…。
がっかりしつつ、竹薮がある道を歩き白山神社へ。白い壁の神社でスライド式のとびらになっており、洋館みたい。中になにがあるか気になるが、まったく見えない。
隣は小さなお堂。再建記念碑によると、名前は阿弥陀堂。名前だけではなく由来も知りたかった。
都幾川を目指し、ずっと南へ。元々が高い位置にいたようで、ずっと下り坂で下に畑が続くいい眺め。こういう田舎の風景っていいなぁ。道路は両側にポールがある片道通行の幅になり、橋は四国にある沈下橋のように壁がない。
幅がないので車がきたらどうしようと、ドキドキしながら渡る。橋の先が、県立狭山自然公園で水と人のかかわりを考えましょうとのことだが、なにもないぞ。
山道をしばらく歩くと、歴史のありそうな集落に出る。こいのぼりが、まだ残っているが絵になる風景。少し歩くと、こども図書館と書かれたワゴン車がある。そういえば昔、ワゴン車で本を借りたなぁ。懐かしい。
妙昌寺のとこしえの里を巡ってから、(勝手に)本命の神戸神社へ。とにかく大きく、濃い柱の茶色と扉や階段の淡い茶色のツートンカラーで見栄えが良い。いつからある神社なのか不明だが、寛政三年(1791)太鼓屋三左衛門と書かれているそうで。神戸の獅子舞は市指定無形民俗文化財に指定されている。
ここから、ゴルフ場に続く坂道(鎌倉街道の上道らしい)。山越えを覚悟していたが、意外と平坦で鳩山町へ。サイクリング仕様の自転車がよく通る。しばらくは何もないので「ひだまりスケッチ」を聞きながらぼーっと歩く。
大橋で幹線を離脱。坂道を上って、黒石神社へ。こちらはコンパクトな神社で屋根が帽子のように沿っている。千羽鶴が飾られており、近寄りがたいところ。
掘りのような川に沿って坂を下ると、鳩山町農村公園へ。川に沿って、ふれあい交流広場・大沼・湿生植物園・ハーブ園のある開放的な公園で、ベンチも豊富なので一休み。
ここには赤沼国分寺瓦窯跡があるそうなので、川沿いに歩くが見つけられず、途中の教会に引き返すところで、案内板を発見。あれ、この道はさっき通ったのに…と戻ると、山の斜面に隠れるように発見。いえ、簡単に気づくと思いますが、遺跡のような広場があるのだとばかり思っていたので。登り窯だったら、山だよね(自己嫌悪)。とにかく、9時10分に到着。中は穴があいているだけだが、説明が丁寧なので大満足。
県内最古例の一つで、瓦専用窯ではなく、須磨器窯としても使用された地下式登り窯。奈良時代以前の地方寺院とその瓦の供給関係がよくわかるきわめて貴重な窯跡とのこと。また、近くには、石田国分寺瓦窯跡もある(こちらは看板だけ)。
少し大橋方面に引き返し、今度は西方向へ泉井通りを歩く。途中の亀井運動場は本当にただの広場で見るべきものはなし。亀子通りに名前が変わったところで、少し北に進むと泉井神社へ。
2段になっており、階段の途中に遊具のある広場と、社務所・集会場があり学校みたい。
泉井神社獅子舞は、長禄元年(1457)悪霊退散・無病息災、五穀豊穣を祈願したのが獅子舞のはじまりで、鳩山町指定無形文化財になっている。
まわりはのどかな畑だし(雑草だらけだけど)、交差点には小さな地蔵。途中の学校には、サザエさんや少年アシベに似た絵が描いてあり、懐かしい感じのするところ。
学校先の小さな用水路沿いにずっと歩くと、宮前沼で集落も終了。
林に入る道になる。妙にリアルな絵つきの「熊出没注意」立てふだがある。注意と言われても、どうしようもないので早足で林を歩く。すぐに工場があり道も広くなったので、ほっと一息。あとはずっと坂を下るだけ。
白夜をバックに、妖精(小人?)が二人たまごを守っている、幻想的な絵が工場の壁に描かれている。
最後に、番匠 岩渕神社へ。川沿いの崖上広場にある、神社で放置されていないか心配だが、古くていい。
工事中の道を歩いて、10時35分、ログハウス風の明覚駅でゴール。次は11時35分か。でも、祖父・小金井良精の記(星新一)を読んでいたら、1時間なんてすぐ。
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